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ブログ「正々堂々」

2006年3月24日〜2008年1月31日にかけて公開していた月刊人材ビジネス編集主幹三浦和夫のブログ「正々堂々」の記事の一部を転載してご紹介します。

履歴 私と政治1

2007年09月20日

 私の履歴の片隅に「政治」があります。三浦がなぜ?政治と関係があるのか?と、不思議がられるので、この機会に、「履歴ー私と政治」を恥ずかしながら独白します。

 そもそものきっかけは、平成4年(1992年)の11月下旬にさかのぼります。
 オピニオン社を創業して6年目、私は45歳になったばかりでした。いつものように朝の通勤電車内で新聞を立ち読みしていました。すると、「日本新党が次期衆議院選挙に進出を決め、立候補者を公募する」という小さな募集記事に目がとまりました。

 ”ほー、候補者公募か。新党が新しい試みに挑戦、新鮮だな”。読み終えると、電車はすでに池袋駅ホームに入っていました。あわてて、その記事をちぎってポケットに押し込み、コートの襟を立てて、足早に事務所に向かいました。

 それ以来、悶々として、落ち着かない日々が過ぎていきました。心の奥底で何かが芽生えようともがき始め、それを抑えようとするのですが、鼓動とともに存在感が少しづつ大きくなるのを感じました。

 ちぎった募集記事を何度となく目にしました。
 大学生だった頃の自分が浮んできました。
 ”将来、できれば新聞記者となって政界に出てみたい”と思い込んだ自分。周囲の交友にもそうしたロマンを抱く学生たちがいて、影響されたのかもしれません。
 一国の命運を担う政治家を目指す−−。当時の若者が抱く1つの”夢”でした。

 そんなわけで、新聞社に入社した当時、将来は社会部長とか政治部長などのような編集幹部になろうとは思わず、郷里の盛岡支局長にでもなって、地元の人脈を築いて政界進出のチャンスをうかがおうと考えていたのです。

 しかし、ロマンを描くのは勝手ですが、自分と政界を結びつける手づるがあるわけでもなし、地盤も看板、資金も皆無です。おまけに、もともとが淡い希望です。

 現実の厳しい状況の変化で、右に左に流され、あるいは押し戻されてしまうちっぽけな若者でしかありません。流されてたどり着いた岸辺はとんでもない方向違いだった、ということは間々あるのです。
 実際、その後、新聞社を途中でリタイアし、独立事業を興しました。そういう将来像を当時はまったく予期していなかったのです。

 若者の淡い希望を抱いてから23年が経っていました。学生時代に抱いた”政治家への道”は、私にとって積み残してきた夢のように思われたのです。
 ”ワンチャンスかもしれない。公募に応募して落選すればもともと縁がなかった、と諦めもつく。万一、合格したらそれから考えよう”という結論を出しました。

 平成4年12月の大晦日。応募締切日の5日前のことでした。

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