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ブログ「正々堂々」

2006年3月24日〜2008年1月31日にかけて公開していた月刊人材ビジネス編集主幹三浦和夫のブログ「正々堂々」の記事の一部を転載してご紹介します。

“政治的”に合格?−イスラエル国費留学<1>

2006年03月27日

 このブログの左側に私のプロフィールを紹介しています。これを見て、「三浦さんは破天荒の半生を過ごしましたね」と思われるかもしれませんね。
 ブログの題字下にも「人生、計算どおりに行かない。弾みのエネルギーが次への糧となる」と書いているので、そのように思われてもしかたがありません。が、そのつど、けっこう“真剣勝負”。だから、自分を破天荒だとは思っていないのです。
 今回のブログでは、プロフィールにある「イスラエル国費留学」について独白します。

イスラエル

 新聞社に入社して間もない頃、ある上司が「便利屋のような記者にはなるな。仕事の合間に勉強して自分の専門分野を築き上げろ。中東は世界の火薬庫だ。若いうちに行って見たらいい」と話してくれました。
 上司は若い記者に対する一般的な激励の意味で述べたようですが、当時の私は真(ま)に受けました。「よし、挑戦しよう!」。26歳でした。
 文部省(現在の文部科学省)の留学生課に問い合わせると、中東だとイスラエル政府が留学生を募集していました。

 それ以来、仕事が終わってから午前2時過ぎまで勉強する日々を過ごしました。
 News Weekの速読読解、リンガフォンによる英会話レッスン、英文タイプの独習。心はすでに中東の砂漠に飛んでいました。
 翌年の書類審査(すべて英文)と英語による口頭試問に臨み、合格通知を受けました。海外留学願いの申請を受けた新聞社側で賛否両論があったと聞いていますが、結局、人材を育てるとの意味で「異例の許可」を出してくれました。記者証が発行され、「何か勃発したら仕事をせよ」。こうして、76年7月、羽田から単身飛び立ったのです。

 このように書くと、さぞかし英語力があったのだろうな、と思われるかもしれませんが、それは誤解です。会話力というのはそう簡単に身につくものではありません。
 ですから、口頭試問では予想される質問とその回答をあらゆる角度から予想して、予め英文に直して丸暗記したのです。「こう聞かれたらこう答える」というふうに。質問にできるだけ多くの言葉を時間をかけて話し、回答に対する質問があまり出ないように工作しました。
 合格したのは、関西学院大学の助教授と私でした。助教授はヘブライ大学(言語学)、私はテルアビブ大学(イスラエル建国史)と留学先が決まりました。後日談ですが、イスラエル大使館の参事官は三浦の“工作”を見抜いていたそうですが、元気がよく情熱がありそうなので当確にしたそうです。

 絶え間のないアラブ・イスラエルの抗争。イスラエルの立場を理解するジャーナリストを1人でも多く確保したい、という政治的な投資欲が先方にあったのは確かです。
この留学で、私は後年になって生きる、貴重な体験を積むことができました。
(次回に続く)

イスラエル国費留学

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